「新時代の画家によせて」(5) 天川貴之
このように、絵画においても、結局の所、表現されるのは自分自身なのであり、自分自身の精神性なのであるということを考えてみれば、絵画の表現力のみならず、観ずる主体の精神性をこそ修練してゆかなくてはならないということがよく分かるのである。
何げなく様々な人物を見、風景を見ているけれども、実は、そこに美を発見出来るということ自体がすでに素晴らしいことなのであり、その美の内容も、それがより崇高なものになってゆけばゆく程に、自らの内に美的天才が伸びているということなのである。
これは、どのような分野についてもいえることであって、哲学的才能とは、どのような事物の中にも哲学的真理を発見出来る精神性をもっているものであり、科学的天才とは、リンゴが落下するのを見て万有引力の法則を発見したといわれるニュートンに象徴されているように、どのような事物の中にも科学的真理を発見出来る精神性をもっているものであるし、同じく、芸術的天才とは、どのような事物の中にも芸術的美しさを発見出来る精神性を有していると言えるのである。
(つづく)
by 天川貴之
(JDR総合研究所・代表)