精神的ジャパニーズドリーム~理念の革命~

   新時代の日本のあらゆる分野において、「精神的ジャパニーズドリーム」を起こしてゆくための根本理念を提示します。

「新時代の小説家によせて」(8)    天川貴之

 

 新時代の小説家は、こうした神の大小説の原理を知り、その中で、同時に繰り広げられる所の幾つもの人生を知り、崇高なる神の精神の一部を体現した幾多の登場人物を知り、歴史の中において繰り広げられた天衣無縫なストーリー展開を知ること、すなわち、全世界という小説を通して、神の御心そのものを知ることを永遠のテーマにしなければならない。

 その上で、この世界を神が一つの大小説として創造されたように、神の創造力の一部を与えられた人間として、自分自身が観じとることが出来た神の御心のすべてを、あらゆる角度から、自らの小説の中で表現してゆかなくてはならない。

 そこにこそ、あなたの内なる理念の中に照らし出され、映し出された神の光が、世を照らす一つの燈台として輝き出すのである。

 

(おわり)

 

 

 

 

 

  by 天川貴之

(JDR総合研究所・代表)

 

 

「新時代の小説家によせて」(7)    天川貴之

 

 そのソクラテスの姿は、イエス・キリストの十字架の姿と非常に酷似したものを感じるが、どこが似ているのかと考えてみると、両者とも、神の意志というもの、神の意図されるストーリー、すなわち、自らの運命というものをよく知っておられ、それ故に、「我、世に勝てり」という確信と、すべての現象の悲劇を超越した法悦のようなものに満たされておられた点にあるのではないかと思われる。

  すなわち、ある点において、こうした大聖人の方々は、皆、世界が神の大小説であり、自分自身が神の意志によって世に遣わされた主人公の一人であるということを知っておられたのであろう。

神は、世界を創られ、人間を創られ、悠久の時の流れの中で様々な芸術創造を通して人々を導かれようとしている。

 今現在においても、そして、これより後の未来においても、一条の神の計画があり、神の大小説が演じられてゆくのである。

 

 (つづく)

 

 

 

 

 

  by 天川貴之

(JDR総合研究所・代表)

 

 

「新時代の小説家によせて」(6)    天川貴之

 

 これらの連綿たる崇高な大芸術が、決して偶然には、これ程の統一性をもって出来ないということは、我々が決して偶然に一つの大小説を書くことが出来ないという以上のことなのである。

 このような人為を超えた大芸術は、時空を超えて、様々な所で描かれている。

 神話としては、ギリシャのゼウス神を始めとする神々の物語が伝承されており、日本においても、天照大神を始めとする神々の物語が伝承されている。

 そうした古代のものはおいたとしても、例えばギリシャソクラテスの一生は、プラトンの「ソクラテスの弁明」等を読んでみても、そこに比類なき芸術性を放っているものである。

 それによると、ソクラテス自身は、常に内なるダイモンという守護神の導きを行動の基とされていたが、刑死される以前にそのダイモンが「逃げよ」と言われなかったので、それを神の命、自らの運命と知って、従容として死んでいかれたのである。

 

(つづく)

 

 

 

 

 

  by 天川貴之

(JDR総合研究所・代表)