精神的ジャパニーズドリーム~理念の革命~

   新時代の日本のあらゆる分野において、「精神的ジャパニーズドリーム」を起こしてゆくための根本理念を提示します。

「新時代の発明家によせて」(3)

 

 すべてのすべてを創られた神と同じ性質を人間が内在しているということは、本来、我々にも、この大宇宙、大自然の可能性と同じだけの可能性が、絶対なる無として、心の内に与えられているということを意味するのである。それは、単なる無ではなく、すべてを可能ならしめる無なのである。

 だから、我々は、一人一人が無一物で生まれたようにみえて、同時に、すべてのすべてを与えられて生まれてきたのであるという真実に目覚めなければならない。

 無限の可能性に目覚めるということは、本来、人間に不可能はないという真実に目覚めるということであり、人間の願望や夢において念い描くことが出来ることはすべてそれが実現可能である、という真実に目覚めるということなのである。

 かつて、フランスの思想家ルソーが、一八世紀の社会において、「人間が空を飛べないということは本当なのだろうか」と、当時の社会通念に対して疑問を投げかけられたが、まさしく、念いにおいて人間が飛べるということを願望出来るということは、それが実現可能なことであるということが、後のアメリカのライト兄弟によって実証されたのである。

 また、電波を発明したマルコーニも、電線などの物質的媒体なしに意志伝達が可能ではないかと提案した時に、周囲の人々は彼を精神病者扱いにしたが、結局の所、現代社会においては、テレビやラジオなどで、電波による情報伝達が常識となっているのである。

 故に、念いにおいて創造出来るもの、希望出来るものは、すべて実現可能であるという信念をもって、発明家は無限なる可能性に挑まなければならない。発明家の前に不可能という言葉はないのである。

 人類の夢に挑戦し、これを叶えてゆくことこそ発明家の使命である。無限の夢の可能性を探究し、人間の念い、創造の可能性を探究し、人類を無限なるものへと導いてゆくことこそ、発明家の使命なのである。

 

(つづく)